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最高裁判所大法廷 昭和40年(オ)417号 判決 1968年11月27日

上告人

秋山藤元

ほか一名

代理人

大滝亀代司

福間豊吉

被上告人

代表者

赤間文三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人大滝亀代司、同福間豊吉の上告理由について。

論旨は、要するに、原判決の以下の判断は憲法二九条三項の解釈を誤つたものという。すなわち、原判決は、まず、前段において、平和条約により日本国が連合国に対する賠償義務を承認し、本来ならび私有財産不可侵の原則により原所有者に返還されるべき在外資産を右賠償に充当することに対して国として何ら異議を唱えることなく、これを承認したことは、国が戦争損害の賠償義務履行という公共の目的のために自らこれを処分したのと結果において何ら異なるところがなく、したがつて、国は、かくして在外資産を喪失せしめられた国民に対し、平和条約自体に補償条項がなくとも、国内的には、憲法二九条三項の規定の趣旨に照らし、正当な補償をなすべき責務を有するものであるとして、その補償義務を肯認しながら、その後段において、憲法の右規定は、国が国民の財産権を保障し、これを公共の用に供する場合には正当な補償をなすべきであるとの一般的原則ないし方針を明らかにしたにとどまり、直接同条項により具体的な補償請求をなしうることを定めたものと解することはできないから、補償に関する法律の制定されていない現在、具体的な補償請求は未だこれをなし得ない、と判断している。しかし、原審の右後段の判断は、憲法二九条三項の解釈を誤つたものであり、よつて、憲法の違背があるというのである。

よつて按ずるに、当裁判所としては、原判決がその前段において肯認し、上告理由においても当然の前提として主張するところの、在外資産の喪失に対しては、国において補債をなすべきものとする前提そのものを認めることができず、したがつて、憲法二九条三項の趣旨について判断するまでもなく、上告人の主張は、その前提を欠くものとして、排斥を免れず、原審の判断は、結局、その結論において、正当として支持すべきものとする。その理由は、次のとおりである。

(1)  わが国は、敗戦に伴い、ポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印し、連合国の占領管理に服することとなり、わが国の主権は、不可避的に連合軍総司令部の完全な支配の下におかれざるを得なかつた。わが国は、いわゆる平和条約の締結によつて、この状態から脱却して、その主権の回復を図ることになつたのであるが、同条約は、当時未だ連合軍総司令部の完全な支配下にあつて、わが国の主権が回復されるかどうかが正に同条約の成否にかかつていたという特殊異例の状態のもとに締結されたものであり、同条約の内容についても、日本国政府は、連合国政府と実質的に対等の立場において自由に折衝し、連合国政府の要求をむげに拒否することができるような立場にはなかつたのみならず、右のような敗戦国の立場上、平和条約の締結にあたつて、やむを得ない場合には憲法の枠外で問題の解決を図ることも避けがたいところであつたのである。在外資産の賠償への充当ということも、このような経緯で締結された平和条約の一条項に基づくものにほかならないのである。

ところで、戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあつては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであつて、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲または戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかつたところであり、右の在外資産の賠償への充当による損害のごときも、一種の戦争損害として、これに対する補償は、憲法の全く予想しないところというべきである。

(2)  平和条約一四条(a)項は、わが国の賠償義務について、いわゆる役務賠償のほか、在外資産の処分をあげているが、これらの在外資産の処分については、イタリア平和条約等に見られるような敗戦国において補償すべき旨の規定または補償するよう配慮すべき旨の規定を設けていない。その趣旨とするところは、補償問題については、少なくとも国際的に、日本国を拘束する必要はなく、日本国が国内問題として適当に処理するところに委ねようとするにあり、したがつて、平和条約上、国の補償義務の生ずる余地はないといわなければならない。

ところで、平和条約一四条(a)項2(1)には、各連合国は、日本国民の在外資産を「差し押え、留置し、清算し、その他何らかの方法で処分する権利を有する」旨規定している。この規定の趣旨とするところは、もともと外国の主権に基づき当該国の法制の支配下におかれ、戦争中から戦後にかけて敵産として接収管理されてきたわが国民の所有に属する在外資産を右規定に基づいて当該国が処分し得べきものとするにあつて、さきに述べた平和条約締結の経緯からいつて、わが国が自主的な公権力の行使に基づいて、日本国民の所有に属する在外資産を戦争賠償に充当する処分をしたものということはできず、この場合、わが国は、日本国民の右資産が当該外国において不利益な取扱いを受けないようにするために有するいわゆる異議権ないし外交保護権を行使しないことを約せしめられたにすぎないものといわなければならない。平和条約は、もとより、日本国政府の責任において締結したものではあるが、同条約中の右条項のごときは、上述の経緯に基づき不可避的に承認せざるを得なかつたところであつて、その結果として上告人らが被つた在外資産の喪失による損害も、敗戦という事実に基づいて生じた一種の戦争損害とみるほかはないのである。

これを要するに、このような戦争損害は、他の種々の戦争損害と同様、多かれ少なかれ、国民のひとしく堪え忍ばなければならないやむを得ない犠牲なのであつて、その補償のごときは、さきに説示したように、憲法二九条三項の全く予想しないところで、同条項の適用の余地のない問題といわなければならない。したがつて、これら在外資産の喪失による損害に対し、国が、政策的に何らかの配慮をするかどうかは別問題として、憲法二九条三項を適用してその補償を求める所論主張は、その前提を欠くに帰するものであつて、所論の憲法二九条三条の意義・性質等について判断するまでもなく、本件上告は排斥を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎)

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